
遺伝性乳がん卵巣がん症候群 家族歴と家系図の重要性って
桜が満開の季節になりました。
あちこちでさくら祭りが開催していますねぇ~。
こんにちは
トリニティサロンのサンです。
私が乳がんを発症し、同時に両側乳房に原発巣が見つかったことで、遺伝子検査を勧められました。
主治医から遺伝子検査の内容を簡単に教えていただいた後、より詳しい看護師さんに説明をしっかりしていただいて、私はその検査を予防治療と捉えて検査を受けることに即決しました。
受けることで完全な予防ができる保証はありません。
検査を受けることで罹患しない話でもありません。
遺伝子検査にはメリット・デメリットがあるセンシティブな検査でもあります。
メリットは知らないより知って先手を取れると言う事でしょうか。
親族が乳がん・卵巣がんの罹患者がいなかったことで即決したのですが、
まさか陽性となるなんて、思ってもみなかった結果に結構な打撃を受けました。
子どもがいなければショックはなかったのか?
そんなことは関係なくショックなのか?
私は娘に、病的変異のある遺伝子を半分の確率としても、背負わなくてはならなくなったことがショックでした。
本当にこの病的変異のある遺伝子が私の代で終了してほしい。
後に残さずに終わらせたい気持ちでいっぱいでした。
娘はまだ未成年であって検査にはまだ先に考えています。
それまでこのまま何事もなく育ってほしいと願うばかりです。
それとは別に、
この遺伝子乳がん卵巣がん症候群という病の研究が進み、色んな取り組みがなされ、病的変異することなく過ごせるようなエビデンスが上がってくればと思います。
高齢になった親戚の伯母達。
母の兄妹6人の内、長女の伯母が健在です。
私が乳がんになり、主治医から家族歴を聞かれた時に思ったのですが、把握している病歴は曖昧であるし、確実を知るには親戚を巻き込まないといけない話になる。
そこに、親戚付き合いが薄ければどうなる事なんだろうと思う。
我が家の場合、
親戚付き合いがあるので病歴を聞くには良くても、高齢者に心配させないか?それが心配の種ではありましたが、今思うと、高齢だけに人の心配よりも自分の心配が大きかったのでとても助かったのです。笑
そして6人の内、生存している伯母に兄妹に乳がんの罹患者がいるのか聞いてみると、いないと言いていたことが、まさかの本人が罹患していたとは・・・!
『5年前に罹患したぞぉ』
と従兄から聞いて、自分の遺伝子を辿る旅にもなって何となく落ち着きました。
このゲノム医療って遺伝子変異のある病気の発見と治療だけなんだけど、今のところそこまでなんですよね・・・
分かった事だけでも喜ばしい事なんだろうけれど。
ここがセンシティブなところで、その先がない中で遺伝子変異を保有している者の背負うものは減らない。
じゃ、減らしたいか?
の問いを考えると倫理的な問題にもぶつかってくる。
出口のない問いをループするだけになる・・・。
この遺伝子変異の罹患は年代によって問う内容が大きく違って、結婚前だとか子供を持つことだとか、その時の状況で問いは深まります。
私が50歳を過ぎての罹患だけに、色んな選択がシンプルに考えられました。
それでも同じ50歳過ぎでも、状況が違えば選択も違って来るんですからね。
二者択一にならない選択であってこれこそ十人十色。
ゲノム医療云々よりも、保有者としての生き方が重要であって、その生き方が保有者たちの治療となるんじゃないのかとも思う・・・。
ゲノム医療はまだ新しく、病気の元が判明してきたという位置。
臨床の現場では何もわからない先生も多い。
だから、保有者が情報を自分で取りに行かないとわからないゲノム医療。
主治医たちは家族の病歴(三親等の近親者)を聞くけれど、その並びをどこまで真剣に捉えて聞いてくるのだろうかと思う。
今の世の親戚付き合いの程度は幅が広い。
その幅広さでゲノム医療の助けになるのだろうか?
エビデンスの世界で、検査結果が全ての医療現場で人の記憶の足しは、参考になるんだろうか?
私の場合、
つい最近まで三親等の中に乳がん・卵巣がん罹患者はいない中、遺伝子変異があるとしていたのが、
三親等に罹患者がいたとなる情報の内容に、何か変化するものはあるのか?ないのか?
家族歴は病気の結びつきを考えた時、必要なんだろうけど、
結局検査した結果に対して個別化医療となると必須でもないモノなのか?
よくわからんね。
だけど、家族として近親者としての情報は、心構えとしては必要なモノだと思う。
知らずして罹患するのと知って罹患するのとでは、なんか違ってはくると思う。
医療の世界では1例1例、症例が全て重要であるから、やはり必要な情報はないよりはるほうがいいのかな?
どれだけの重要性があって症例があって、エビデンスが確実であったら保険適用ももう少し安価で出来る事を願うし、もう一歩進んだことが起きていたらいいのになって思う。
今日のひとり言でした。
お付き合いありがとうございました。